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台湾レポート(2016年秋)

(2017.01.15)

 

〜佐々木、1年ぶりの台湾で、アートフェスティバルを考える。〜

 

 

○地域の抽象化・台湾で見える景色

今まで日本で、僕は世界に目を向けなくても、なんとなく過ごしてこられた感があった(本来はそんな瞬間は一瞬たりともないのだけども)。しかし、今はもう無理だ。ネットの普及によって、嫌でも、世界中の情報(正否問わず)が僕たちの意識に割り込んでくるようになった。自分の国の事だけ考えていたのでは生きていけない。厳密には、『生き残っていけない』と思う。このままでは明日はないな、という感覚がある。

2014、2015、と台湾で滞在創作をした時に思ったことがある。ネットのスレッド風にここに記してみると次のような感じ。

 

\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ? 自由だなァ、台湾!!草

 

僕の親族で、台湾に移住している人がいるのだが、彼女のいろんな話を聞いていると、日本って、日本人ってなんだろうと思ってしまうことがある。地域が形成してきた性質特質はある。印象として、台湾で生きている人はなんか楽しそうだ。精神的に豊かに見える。悲壮感がない。南の島だからそういうものなのかもしれない。知覚できないことなんて山ほどある。けれど、そういう地域でのアートフェスティバルはどんなもので、日本で今、行われているアートフェスティバルと呼ばれているものが一体なんなのか。その実相を考えるべく、台湾へ飛んだ。

 

◆旅の主なスケジュールは以下の通り。

 

2016.9/23 早朝。成田を出発。

同日台湾時間11:30に桃園空港に到着。

台北市内の公益財団法人 日本台湾交流協会(日本と台湾の交流を支援する団体)を訪問。

同日夜半、臺北市藝文推廣處城市舞台にて、『Common Ground』観劇。

2016.9/24   早朝。台中入り。臺中國家歌劇院視察。

同日午後、臺中國家歌劇院小劇場にて、「沙龍講座」(歌仔戯講座)参加。

2016.9/25 午後。台北市内の水源劇場にて『2Gather』鑑賞。

2016.9/26 早朝。帰国。

 

○台湾独自の伝統演劇、歌仔戯(グアヒ)

演劇やダンスなど、パフォーマンスを、期間と地域を限定して開催する、アートフェスティバルというものがある。日本でも、近年、このアートフェスティバルが全国で盛んに行われるようになった。いまいちピンと来ないという方は、B級グルメフェスティバルを想像するとよいかもしれない。全国から美味しいものが集まって、そこに県内、県外からお客を誘致し、街の活性化や、交流を生むというものである。それが、様々な芸術で行われる。

ところで。これまでに劇場やコンサートホールに行ったことが無いという人に挙手して貰ったら?うーん、たくさんいる、実にたくさんいる。よしんば、劇場に行ったことがある人で、じゃあ、今度、演劇をよく観る、ダンスやパフォーマンスを観る、と言う人がいたらやっぱり挙手してもらいたい。・・・・・・そんなにいないのか、、、。

まあ、でも、これは冗談でもなんでもなく、普通に生活している人は、劇場とは縁遠いものだ。ましてや、《芸術》と言われた時に、演劇などを想起する人はほとんどいないと思う。絵画や音楽には多少の理解はあっても、演劇やダンスへの理解は残念ながら先の二つに比べると低いと言わざるを得ない。原因としては、教育にも、生活にも、舞台芸術というトピックが少ない事が挙げられる。もし、一般のとある家庭でお金に少し余裕ができた場合(富裕層でなく)、じゃあ、みんなで劇場に行こう! となるだろうか。おそらくならないだろう。早い話、馴染みがないからである。

歌舞伎や能・狂言などは別だ。日本人で知らない者は、ほぼいないのではないか。実際に観劇はしていなくとも、ああ、あの伝統的なやつね、中村勘三郎? 市川団十郎? でしょ? という具合に。この感覚(民族的なものというよりは、よりシンプルに「あ、なんか知っている」というもの)は、これからのアートフェスティバルの在り方を問う時に、非常に有効なものになるのでは? と考えた。

台湾の伝統演劇に歌仔戯(グアヒ)というものがある。もともとは庶民の余興が発展したもので、街中で上演されているのを現在でも観ることができる。お寺や、路上、もちろん屋内でも行われているが、基本は野外なのだ。京劇にメイクなどは近いが、歴史としてはまだ100年程だ。僕が思う歌仔戯の特徴を、箇条書きで列挙してみる。

 

・手を振りかざして、客席に向かって見得を切ったりする。

・出演者はすべて女性。

・手足の所作で感情や状況を表わしたりする。

・会話のやりとりのほとんどが歌いながらされる。

・物語の進行上かならず、踊り(舞い)の時間がある。

・台本は基本なく、口伝えで上演を繰り返している。

 

上記の特徴から、僕は気付いた。日本の伝統芸能をはじめ、宝塚歌劇団のような日本特有のエンターテイメントと共通点が多いんじゃないか。この歌仔戯は、歴史が100年程。その間に、日本と台湾は切っても切れない関係である時期が存在する。影響があって当然だ。歌仔戯の実演を観て、そんなことを味わっていた。「なんか知っている」という感覚。既視感といえば、聞こえはいいが、ちょっとニュアンスが違う。肌感覚で言うならば、温かい感じ。じんわりと広がっていく。雷に打たれるというような刺激もたまにはいい。しかし、そんな局面ばかりが日常で訪れるわけじゃない。僕たちは、なんか知ってる、と知らない、を交互に行ったり来たりしているのではないだろうか。さながら、交感神経と副交感神経のような関係で。

今後のアートフェスティバルで起こってもいいと思うこととしては、「なんか知っていること」へのアプローチ。新しいもの、知らないものでラインナップを埋めるのではなく、僕たちは「知っている」ことから、この流れを「はじめて知る」という船に、乗せてくれれば、劇場には自然と人が集まるはずだと思う。

歌仔戯は、いまなお庶民に愛されて、台湾中のいたるところで上演しており、誰でも観る事ができるのだそうだ。

 

 

 

 

 

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